うどんの花里の麺

うどんの麺づくり

うどんの麺って変やけど、うどんとなると汁まで加わるので麺と限定しました。麺は小麦粉と塩と水です。材料はこれだけです。誰でも作れます。塩水を小麦と捏ねて足で踏んで寝かし、麺棒で伸ばして包丁でうどんの太さに切れば出来上がりです。作業としてはこんなもんです。・・・でも、難しいのです(笑)。

うどん作りの工程

水回し

うどんの花里はうどん打ち体験をしています。うどんが打てるように体験してもらっています。小麦粉に塩水を加えていき、粉っぽさがなくなると塩水を加えるのを止めます。分量を知っても季節や小麦粉の違いで異なるので色を見てもらい、粉から粒のようになった感触を感じ取ってもらっています。

足ふみ

人間は二足歩行を開始し、踵でついて足の外側を通り、指先で地面をけります。ですから足のかかと、外側が固いのです。その部分を使って足ふみをします。何回も踏んでいると固くなり、踵で踏まないと伸びないぐらいになります。その位踏んでもらっています。

寝かし

寝かしは季節や温度によっても違います。体験の時は時間がないので15分ぐらいにしています。実際はもっと必要です。15分寝かせただけでも効果があります。寝かした後、足で踏んでもらうのですが、あれほど硬かった生地がふんわりと柔らかくなっているのです。この感触は、ほとんどの人が感じとられます。皆さんびっくりされます。また、気持ちいいと(笑)・・・。寝かしは大切な一つの工程です。

のし

麺棒の使い方ですが、とやかく言わずに丸い生地を四角にしてもらっています。丸く伸ばすと短いうどんや長いうどんが出来てしまいます。四角にすると長さが均等になるからです。麺棒を使うとき体の動きが大切です。足の使い方は膝を用います。腕は関節を使います。そして、微妙なところは指先に集中します。つまり、体全体から指先までを負担なく動かすことが大切だと私は思っています。

包丁切り

体験に来た人は包丁を見てびっくり、持ってびっくりです。あまり見たことがないのと見ていても、えっ持たせるのっていう感じなのでしょう。5,6歳の子も包丁を持つことができ、上手に切ることができます。目と手との協応動作が出来れば切れるのです。4歳以上にならなければ、なかなかできません。右手と左手が別々の動作をするのが苦手だからです。左手で添えて右手で切る動作って難しいのです。人間は道具を用いながらしなやかに体を動させるようにもなるのです。

うどん打ち体験の目的

うどん打ち体験は上手にうどんを作れるというものを重視するのでなく、体をどう動かせばいいのか、体重移動はどうか、目を見るということはどういうことなのか、しなやかな身体を育て、これから道具を用いて、ものづくりをする身体を育てるということが大切だと私は思っています。

うどんは打てる

うどんは打てるようになります。経験を積み重ねればできます。美味しいうどんを作ろうと思えば考えないとできません。今日はこうだから、次はこうしようと考えると比較ができるのでおいしいうどんに近づくと思います。味は人、それぞれ。固い麺が好きな人もいれば柔らかい麺が好きな人もいます。長さや太さも好みがあります。確かにうどんは打てます。でも、すべての人にあったうどんを作るというのは難しいかも・・。それでも、私が考える美味しいうどんは打てます。うどんの花里の美味しいうどんというものは打てると考えています。そんなことを、これから述べたいと思います。

うどんの花里のうどん

今までうどんを作ってきたのですが、年々違った麺になってしまいました(笑)。時には固いと言われ、色が違うとか、以前のほうがうまかったとか言われながら創意・工夫をしてきました。そんなことを記してみたいと・・。

水回しの考え方

水回しは小麦粉の粉というものを粒にしてしまう工程です。塩水を加えながら粉から粒へと質的な変化があります。この質的変化は塩水によってなされるもので、塩水を量的に加えて粒にしていきます。

適度な塩水を小麦粉の50%とすると、いっぺんに塩水を入れると、もちろん粉と粉がくっつきやすくなり、水分を多く含んだ団子状と粉状とムラができやすくなります。ですから50%の約半分ぐらい塩水を加えて混ぜる方がいいと考えます。私は、ここで塩水より小麦粉のほうが多いので、このときにムラなく混ぜます。力を入れずに指先で、しかも指をくっつけないで離すことだと思っています。くっつけると力が入るからです。力が入ると、その余分な力で粒が大きくなると考え指先で混ぜ、指は離します。ほぼ混ざり合ったと思えば、その時に、次は力を入れて両手をつけてもみほぐし、全体に塩水が行き渡るようにします。これは私のやり方です。

そして、徐々に塩水を加えていき、力を入れずに混ぜ合わせます。最後のほうは両手を合わせて混ぜ合わせ、色と粒の状態を確認します。前回の時とどうか、比較をしながら塩水を入れるかどうするか考えます。最後は完全に粉ではなく粒の状態であることを確かめます。粉から質的に変化をさせて粒にするのです。これが私の思う水回しです。

足ふみの考え方

粒状のものをビニール袋に入れて足で踏みます。粒の状態から生地という面になります。面にするには粒と粒をくっつけなければなりません。それは足の踏む力によって粒状から生地になります。

一回目の足ふみは粒同士が手を結ぶ感じで、横に結ばせます。まだでこぼこの生地だったり、ムラがあったりしますが、とりあえず手を結ばせます。

このときに大事なことは足の踏み方です。人間は二足歩行をし歩き出しました。踵を地面につけ、そして足の裏の外側を伝って、指先で蹴ります。足のうち側は土踏まずが形成されてブリッジになっているので効果がありません。踵は固いのです。次に足の外側が固いのです。ですから一回目は踵で踏みます。また踵に重心がいくように両手を後ろで組めば、自然と人間は踵に重心がいきます。踵で踏み、二回目は折りたたむかロール状に巻き、生地を縦、横と手をつながせるのです。その時、より手をつながせるために空気が敵になります。

私は空気を逃がすために、真ん中から端へと踏んで空気を抜きながら手をつながせて生地を作ります。その時は踵でなく、足の外側を使って踏みます。

足ふみは粒状のものから面としての生地を作る工程だと思っています。その工程では量的に足で踏み、面としての生地を作っていく過程だと考えます。

のしについての考え方

生地を麺棒で伸ばしていきます。角だし、本のしをして作っていくのですが、それは、本やネットで調べればわかるので、ここでは省くことにします。私は道具の使用ということを、私の考えで述べてみたいと思います。

人間は道具を用いて、多くのものを作り変えていきました。道具を作り、道具を用いて考え、より脳が大きくなり、このことによって高度なものを作り出す人間になりました。

道具は体で使います。麺棒を用いる時、目で見て生地を伸ばします。次に、足を使ってのします。それは足の膝を曲げ伸ばししてリズミカルに力を面倒を動かし生地を作り変えていきます。もちろん、腕の曲げ伸ばしも重要です。

生地を綿棒に巻き付けるという技があります。そうすることによってのし台と麺棒の間で生地がのされていくのです。これは大切な技です。ただ、わからなければならないのは、生地と麺棒が引っ付いているということです。

もう一つに、生地を麺棒で巻き付けずに転がしてのすこともあります。最初は、こちらを選択すると思います。慣れてくると巻き付けたほうが早いとわかるのです。

私は、このことに悩んでしまったことがあります。麺棒を転がすということの大切さが潜んでいたのです。これは私の考えですが、麺棒を転がすことによって生地と麺棒とが摩擦するのです。このことがうどんの味を変えていたのです。これ以上は秘密としておきましょう(笑)。

のしの工程は、元保育士だった私は、どろだんご作りをヒントにして考えています。私なりの考えで、のしの工程をこなしています。

包丁切りの考え方

左手は小間板、右手は包丁。左手と右手とは異なる役割をしています。左手と右手の協応動作が自分のものにならないと、うまく切れません。

大切なのは目で見ることです。折りたたんだ生地を下から上まで見て切れというのは難しいでしょう。まあ、切れる人は、そうしたらいいのですが、できない人は、つまり私みたいな人は、上と真ん中を見れば自ずとまっすぐに切れるということです。二点さえ押さえていれば、歪まないのです。

人間が切るのですから、太い細いはあります。それがいいと思っています。機械なら一定の幅で切ってくれるでしょうが人間は、そうはいきません。コーラスで、全く一緒なら面白くないのと同じです。少し微妙に違うからいいのです。うどんも、すべて同じ幅なうどんを食べるより、微妙に違ううどんのほうが美味しいのだと、私は思っています。まあ、機械のように切れないから言っているのだと言われるかもわかりませんが(笑)・・。

最後に

うどんはうどん屋で食べるものではなかったのです。うどんは家庭で食べていたのだと思います。お母さんやお父さんが作り、それが子どもへと引き継がれ伝統食になったのだと考えます。

うどん屋だけでなく、子どもやいろんな方が、家庭や友だち同士で作って食べれる楽しいものだと思います。是非、多くの方が作っていただければいいなぁと感じます。